猫の脳腫瘍(播種性髄膜腫瘍)

遠方より来院された四肢麻痺、意識障害を示す日本猫。
既往歴や受診歴無く、この1週間急性発症。来院された時は除脳姿勢であった。

脳腫瘍の可能性が高くMRIを実施したところ左大脳領域髄膜がT1low、T2high、Gd均一を示しそれに由来されると思われるミッドラインシフトMonro孔の圧迫による対側脳室拡大に伴う大脳鎌下ヘルニア、下行性テント切痕ヘルニアおよび大孔ヘルニアで緊急を要した。細胞診からintracranial lymphomaと診断した。
まずこの画像を見た画像解析をもっぱらとする方は一見"髄膜炎?、全脳ではなく片脳性の、なんだろうか?"と思うかもしれない。
臨床家は患者を様々な想定されうる疾患や治療法の中で可能な限り安全に治癒に導かなくてはならない。すぐに診断がつけられないものも治療が要される。そのためにこのようなケースでは髄膜炎という診断名は鑑別診断からすぐに外すことは出来ない。
一般に細菌関連性炎症性中枢神経系疾患はCSF分析での分類が非常に困難な事が多い。これはそれにより得られる有核細胞数と細胞の型が他の疾患とオーバーラップする事がしばしばあるためである事が原因だと思われる。
そうなると現場の獣医師は髄液の細菌培養同定検査を出そうと考える。これは髄液解析に慣れてなくても行える簡便な検査であり、サンプルがほどほど量がある場合、正確性が高まる。
しかし、これだけの脳ヘルニアを起こしている症例の髄液をとる行為そのものが非常にリスクが高いのは言うまでもない。仮に採れたとしても細菌培養同定には数週間という時間を要する。その間判断治療を待たせるわけにはいかない。
このようなパターンではまずは画像と病態の経過や全身のバイタルから考えうる鑑別診断をあげその中から特に上位いくつかの可能性が高い疾患の治療を行い、治療により想定される疾患を抑え込んだ上、脳圧をコントロールしたところで再度MRIで脳のコンディションを確認後CSFを採取するのが賢明であろう。
CSF循環に腫瘍細胞が出現するタイプの腫瘍には脈絡叢細胞、リンパ球系、癌腫が代表的であるが現実的に髄液に出ないリンパ腫もしばしば経験する。それを踏まえCSF分析を行い、また培養にかかる。あとは概ねの目安として感染があるかを見たいときは髄液糖濃度も1つの参考になるだろう。

上に書いたように今回の子は多くのヘルニアを発症したが脳ヘルニアについて簡単に説明する。
大脳鎌下ヘルニアは片側性脳病変により帯状回が大脳鎌の下に押しやられ大脳鎌から脳組織が脱出した状態で、ACA遠位端の血管梗塞を併発する事があり、またこのヘルニアは下行性テント切痕ヘルニアのプロドロームになりうるため重要なものである。
下行性テント切痕ヘルニアはテント切痕の上で生じた圧の上昇を来す脳疾患により下方に押されていく病態で、具体的にはテント上腔圧が上昇しMBを圧迫し初期は瞳孔径や反応性の変化に兆候が見られ、その後意識障害、CN3麻痺や除脳姿勢などを起こす。比較的このヘルニアパターンはアニソコを示す事が多い。また進行し陥入したtemporallobeの鬱血浮腫により脳幹圧迫がさらに進み致死的になる。このパターンは経テントヘルニア由来の大孔ヘルニアへの移行というパターンだろう。骨性テントから視床とRostalの脳幹部方面への圧迫というパターンと大孔ヘルニアへのパターンとに分かれる。脳底血管穿通枝の牽引性裂傷によりDuret出血を、起こすリスクがある。大脳と小脳テント切痕にPCAが挟まれる血管障害を起こす事がある。
大孔ヘルニアは脊椎管内圧に対しテント下腔圧がまさる事で大孔に小脳扁桃が入り込み起こる。合併症として水頭症、medulla圧迫による呼吸停止があるるのは有名である。この呼吸停止のメカニズムは呼吸筋や肺胞の伸展受容体、末梢化学受容体と弧束核と延髄腹外側野の中枢化学受容体ネットワークの遮断にある。またpons圧迫に至るとpinpointpupilsを生じる事がある。一般のヘルニアは対光反射に欠くがこれは対光反射が出る事があるので注意が必要となる。
これらの脳浮腫の機序はICHの病態生理から紐解いていけば分かることである。すなわち実質の損傷と血管の破綻により虚血と血管調節異常が生じ、壊死、炎症、血管原性浮腫、CBVの上昇がそれに関連する。

この症例においてこれらをモニターするパラメーターとしてMGCS、血ガス、パルスオキシメトリー、SpO2、心拍、中心静脈圧、呼吸数と様式、体温、電解質、血中グルコースを監視した。また脳幹への圧亢進による異常が見られるケースはCN3システムのモニタリングや各種脳幹反射の経時的確認は必要となる。これらは1時間おきまたは入院室内での動きや変化が出たタイミングで行なっている。

そして客観的なスコアシステムは改良GCSを参考にされると良いだろう。
今回の除脳姿勢を含む各種の神経兆候について、除脳姿勢はこれらのスタンダードな脳ヘルニアの下行性テント切痕ヘルニアによる脳幹圧迫によるものと思われる。麻痺の発生由来は簡単に書くと大脳皮質から視床と内包後脚からcaudalsiteに椎体交叉を通り脊髄前角細胞のルートが遮断されていると言う解釈である。意識障害がなぜ生じるかは上行性脳幹網様体賦活系の大脳皮質への投射の遮断と捉えて良い。余談になるが意識障害の原因が代謝性の場合、一部薬剤中毒を除き瞳孔が散瞳傾向になる事が多い。対光反射は保たれる例から抑えられる例までいるため注意が必要である。また脳幹部に由来する縮瞳は交感神経の障害、副交感神経優勢で説明がつくであろう。

今回CNS腫瘍プロトコル→コチラを用いた。
この子は抗がん剤への反応は非常に優れており、中央生存期間MSTを更新するか治療を進めている。


CNSのリンパ腫の診断に悩む事あると思うが、診断に困った時思い出してもらいたいのが最も信頼性が高く容易に診断する方法は他臓器のリンパ腫の存在を証明する事という事。